『浦島太郎外聞』

 
 浦島太郎は今日も浜辺で亀を探していた。どうしても乙姫に尋ねたいことがあったからだ。長く続く浜辺を彷徨いながら太郎は足腰が弱くなった自分の体を嘆いていた。日が少し傾きかけた頃、子供たちの歓声が聞こえた。そばまで行くと、小さな亀を子供たちが囲んで苛めていた。太郎はもしかしたら乙姫に会えるかもしれないと思い、その小さな亀を助けようとした。老いても5、6歳の子供たちが相手なので、なんなく助けることができた。亀を両手で抱えて太郎は、聞いてみた。
「亀よ、乙姫さまを知っているかい。もし、知っているのなら、浦島太郎がどうしても聞きたいことがある。もう一度会えないだろうか、返事を貰って来ておくれ」
そう言うと亀を海に放した。


 それから、毎日浜辺へ出向き、亀が戻ってくるのを待った。数日たったある日、陽は天空の頂にあった。いつものように待っていると、大きな亀が太郎のもとにやって来た。亀は、太郎に話しかけた。
「乙姫さまに何の用があるのか?」
「どうして玉手箱を開けたらこんなに年をとってしまったのだ。竜宮にいたのは数日のはずだ」
「竜宮での生活は楽しくなかったのか?」
「いや、そういうわけではないが、こちらに戻って来たら、見知らぬ人ばかり、しかも、こんなに老いてしまった」
「どうして欲しいのだ?」
「もとの世界に戻りたい。もとの体に戻りたい」
「わかった。乙姫さまに伝える。明日またこの時間にやって来る」
そう言って亀は海に消えた。
翌日、亀は約束どおりやって来た。甲羅の上に玉手箱を載せていた。
「太郎殿、乙姫さまから預かった玉手箱だ。これで望みどおりになるとのことだ」
「ありがたい。乙姫さまにお会いしてお礼を言わねば」
「乙姫さまは、今お会いできない、この玉手箱をお渡しするようにとの仰せだ」
「そうか、ではよろしく伝えてくれ」
玉手箱を太郎は亀から受け取り、「手間をかけた」と亀に礼を述べた。亀は無言でまた海に消えた。
太郎は、玉手箱を緊張しながらも、またもとの世界、若い体に戻れるのだという思いが募り、笑みを浮かべながら開けた。
玉手箱から白い煙が湧き出て太郎の体を包んだ。


 それからどれ位の時が過ぎたのか、まだ陽は沈んでいなかった。太郎は目を覚ました。体についた砂を払いながら、豪華な玉手箱に目が行った。どうしてこんなりっぱな玉手箱が落ちているのだろう。よいしょと、声を出して玉手箱を拾った。
「爺さん、この前の小亀をどうした?」5歳位の子供が近寄って来た。
「亀?なんのことか」
「俺たちの亀を持って行ったじゃないか」
「知らん。なんのことか、さっぱりわからん。それより、ここはどこだ?わしは誰だ?」

                                完

                                2007年1月5日AM2時脱稿