「もうひとりの私」16歳の宇多田ヒカル

あなたが選ぶ文芸春秋びっくり記事85のうち、TOP5に選ばれたものを期間限定でWeb公開している。その第1位に選ばれたのが、上記の「もうひとりの私」。16歳の宇多田ヒカルと72歳のダニエル・キイスの対談。『質問力』(齋藤孝ちくま文庫)の第5章クリエイティブな「質問力」にもそのよい例として抜粋が述べられている。この『質問力』を読んでこのもとの対談内容を知りたいとかねがね思っていた。それが叶ったわけである。二人は英語で対談した。その和訳が文芸春秋で発表された。8年前か。
読んでみた感想・・・すごい!!!キイスも素晴らしいが、16歳の宇多田ヒカルがすごい。彼女は本当に頭がよい。この対談の中から彼女の言葉を少し書いてみる。

「誰も信用しないのは簡単なことだけど、それは悲しい人生だと思います。この前の日曜日に曲を書いていて、友達について、人を信用するのが怖くなる気持ちを書いていたんだけど、たどり着いた結論は『疑いはいつまでも残り、だから信用することに意味がある』ってこと。疑いがなくて、誰でも信用することが普通だったら意味はない。そこに疑いがあるから、私は人を信じるんだろうなって。だから、疑念とか疑問とかを持つことは悪いことではないと思う。なぜなら、疑いは、人を特別に信用することを可能にさせるから。」
「自分が、大事にしていることで、何か公的に話をする場所があるなら、きちんと解決するようにしなければいけないって。自分は社会的な存在だから。だけど音楽や、自分のアーティスティックな表現になったら話は別。妥協はありえない。」(黒髪を染めた時のマスコミでの大騒ぎに対して)
「日本の作家で、志賀直哉という人がいて、『城之崎にて』という小説を書いたの。列車事故で死にそうになった人がリハビリのために静かな温泉に行き、そこで死が人生に一番近いものであり、いつもそばに居るものだと気づくの。紙のようなもので、紙の両面が生と死を示している。それを読んで、私は恐ろしかった。結局、死とは未知のもの。でも、生と死とはすごく近い存在だから、若者は魅了されて、探りたいと思うのだろう、と。」(キイスから自殺について意見を求められて)

72歳と16歳の対談とは思えないような内容。勿論、この対談が成功しているのは、キイスの力によるところが大きい。それでも、それに応える方もそれなりの能力がなければ成立しないのは道理である。キイスのいう、エンパシー(Empathy)がある者同士の対談、よいものを読ませていただいた。